JABA

JABA

メニュー

MESSAGE

トピック TOPICS

【GAME009】2012年第83回都市対抗野球大会一回戦/Honda×TDK

 プロ野球と社会人野球の違いは何かと問われれば、プロは選手個人の成績、社会人はチームの戦績がすべて――そう答える人が多い。そんな社会人野球でも、ひとりの選手の偉業にスポットライトが当てられることがある。西郷泰之の都市対抗通算本塁打記録だ。

 都市対抗の通算本塁打は、1991年に1大会9本塁打をマークした丹波健二(東芝)の12本がトップだったが、1994年に杉山孝一(新日本製鐵名古屋)が準々決勝で13本目を放って更新。杉山はその大会で14号を放って現役引退したが、2002年にバットが金属から木製に戻ったこともあり、その後は杉山の記録に近づける選手が出なかった。

 日本学園高から投手として1991年に三菱自動車川崎へ入社した西郷は、シャープな打撃を生かして野手に転向すると頭角を現し、1996年のアトランタ五輪ではチーム最高打率で銀メダル獲得に貢献する。だが、都市対抗での本塁打は、この時点でゼロ。空中戦が当たり前の金属バット時代でも、西郷の持ち味は左右に打ち分ける広角打法だった。

 第1号は、1997年の第68回大会二回戦。川崎製鉄千葉(現・JFE東日本)との対戦に三番ファーストで出場し、ソロ本塁打を放ったもののり試合は延長11回サヨナラで敗れる。

 西郷がアーチを量産し始めたのは2000年からだ。ケガもあって、この年のシドニー五輪出場を逃し、「これからは黒獅子旗を手にするために頑張りたい」と奮起。垣野多鶴監督が復帰したチームで四番に座ると、二回戦から4試合連続本塁打で初優勝に貢献し、橋戸賞にも選出される。

 2002年は予選で敗れるも、いすゞ自動車に補強されると準々決勝と決勝で貴重な一発。この年限りでの活動休止が決まっていたチームを初優勝に押し上げる。翌2003年に三菱ふそう川崎で2回目の黒獅子旗を経験するが、連覇を目指した2004年は会社の不祥事で野球部の活動が自粛され、シーズンの大半を社業に専念して過ごす。だが、2005年に活動を再開するとブランクを感じさせない打棒で勝利に貢献。一回戦に2本塁打で打線に勢いをつけ、チームは3回目の優勝で完全復活を果たす。

 さらに、2007年は東芝に補強されると、二回戦でサヨナラを含む2発、決勝では先制グランドスラムを放つ。自身5回目の優勝を経験し、「優勝メダルを首にかけられた瞬間、この感動をもう一度、味わいたいと欲が出る」と笑顔で語る。

 

14発中12発が黒獅子旗につながる真のスラッガー

 

 西郷は着々と杉山の記録に近づいたが、三菱ふそう川崎は2008年限りで活動を休止することになる。36歳になった西郷の去就が注目されたが、黒獅子旗を獲るために必要な存在とラブコールを送った安藤 強監督(現・巨人コーチ)が率いるHondaへ転籍した。

 ユニフォームを着替えた西郷は2009年の三回戦で会心のアーチを描き、何とHondaの13年ぶり2回目の優勝にも貢献して見せる。西郷の都市対抗通算本塁打も13本となり、いよいよ杉山の記録を射程にとらえる。

 ただ、2010年限りで安藤監督が勇退するとチームは世代交代期に入り、2011年の都市対抗では出場機会がなかった。さすがの西郷も、40歳になる2012年のシーズンは、大記録に挑戦できるラストチャンスではないかと囁かれていた。

 そうして迎えた第83回都市対抗野球大会は7月13日に開幕。Hondaは16日の第3試合でTDKと対戦する。1回表にやや守備が乱れて1点を先行されたHondaはその裏、一死から篠塚宜政が四球で歩くと、多幡雄一(現・Hondaヘッドコーチ)がレフト線に弾き返して二、三塁とチャンスを広げる。

 ここで打席に入った西郷は、TDKの先発・阿部正大(現・TDKコーチ)の初球を見送ると、2球目をシャープなスイングで振り抜く。右中間へ舞い上がった打球は美しい弧を描いてスタンドへ。大歓声の中で一塁ベースを駆け抜けた西郷は右腕を高く突き上げ、チームメイトが待つ三塁側ベンチに凱旋する。

 

TC009-1.jpg (679 KB)

都市対抗タイ記録となる通算14号本塁打を放った西郷泰之(左)は、一塁をまわると右腕を高々と突き上げ(中)、チームメイトの祝福を受ける(右)。

 

 振り返れば、西郷の通算第2号からの12本は、すべて優勝につながっている。いつしか「黒獅子旗を呼び込む一発」と言われていた西郷の本塁打が飛び出したことは、3年ぶりの頂点を狙うHondaにとっても吉兆と言えた。実際、エースの筑川利希也は2回から持ち直し、4回裏には長島一成の2ラン本塁打で試合を優位に進める。果たして、Hondaは5対3と会心の勝利をマーク。リードされたTDKも、6回表には10年連続出場の表彰を受けた阿部博明のソロ弾から2点を返すなど、最後まで諦めずに戦い抜く姿勢で好試合となった。

 

TC009-2.jpg (515 KB)

10年連続出場の表彰を受けたTDKの阿部博明は反撃弾を放つ。

 

 残念ながらHondaは続く二回戦で東芝に敗れ、西郷の通算本塁打もタイ記録で止まってしまった。ただ、練習での1球から集中して取り組む西郷の姿勢は後輩たちにも受け継がれ、Hondaは2020年に3回目の優勝を手中に収める。そして、杉山と西郷が並ぶ14本塁打は、いつ、どんな選手によって更新されるのだろう。