銅メダルを獲得した第19回アジア競技大会をはじめ、野球の国際大会では多くのスタッフが運営に関わっており、その中には日本人も少なくない。アジア競技大会でも、試合の運営管理をするテクニカル･コミッショナー（TC）に2名、審判長は小山克仁さんで、決勝の球審を務めた美濃正隆さんら審判員が3名。そして、公式記録員を務めたのが中村風香さんだ。

　高校で野球部のマネージャーだった中村さんは、何か野球に関わる仕事に就きたいと、卒業後は履正社スポーツ専門学校へ進学し、理学療法士の国家資格を取得するための勉強に勤しむ。それと同時に、日本野球連盟に加盟する野球部のマネージャーを務めた。マネージャーであれば、実戦の際にはスコアラーを担う。また、大会運営もサポートするため、社会人球界での人脈も広がっていく。

　そんな中村さんに、思わぬ声がかかる。第6回女子ワールドカップが、2014年に宮崎県で開催されることになった。国際大会では、先に書いたTC、審判員、公式記録員といったスタッフは、開催する国や地域が全体の約半数を担う。ただ、日本には国際公式記録員がいなかったため、その前年に研修を受けてほしいと要請があったのだ。そうして、中村さんが国際大会を日本で開催する際（ローカル枠）の公式記録員になると、翌2015年にU－18ワールドカップが大阪で、2016年にはU－15ワールドカップが福島県いわき市で開催され、中村さんは着実にキャリアを積み重ねていく。2018年には、インドネシア･ジャカルタで開催された第18回アジア競技大会に全日本野球協会の推薦で派遣され、海外デビューも果たす。

「そうしているうちに、世界野球･ソフトボール連盟（WBSC）の方から声をかけられ、海外で開催される国際大会にも公式記録員として派遣されるようになりました」

中村風香さんは、国際公式記録員の“日本代表”としてアジア競技大会を支えた。

　2019年からは海外の大会にも派遣され、様々な国や地域からやって来たスタッフとともに熱戦の舞台裏で公式記録を記している。

「初めてひとりで行ったのがオランダでしたが、空港に出迎えていただいた時からスタッフとの会話は基本的に英語。現地で何をするにも英会話は必須で、独学ですけれど自然に身についていきました。次第に、公式記録の責任者や仲間と『さっきの判定は、どうしてそう思ったんだ』という議論もするようになり、自分の役割に対する責任感も深まっていきました」

　経験を重ねながら、これはヒット、これはエラーという原則的な基準は作っていく。ただ、オリンピックやプレミア12のようにプロ選手が大半を占める大会と、まだ身体も技術も成長途上のU－12の大会で同じようなプレーがあったとしても、「プロならエラーだけど、U－12ならヒットというような判断基準も勉強していかなければなりません」という。プレミア12で日本野球機構（NPB）から派遣されたプロの公式記録員には、「プロは記録員の判定が、選手の野球人生にも影響することがある」という話を聞き、公式記録員という役割の奥深さ、だからこそのやり甲斐を感じているという。

　在学中に国際公式記録員という役割に出合った中村さんは、卒業後も履正社スポーツ専門学校の職員として、野球コースでWBSC式の公式記録のつけ方を教えている。現在、履修科目としてWBSC式の公式記録を学べるのは、国内では履正社スポーツ専門学校だけである。

「最近では、審判員や公式記録員として、国際大会に関わりたいという学生も入学してくるようになり、少しずつですが、野球の舞台裏を支えるスタッフの存在も認知されるようになってきました。例えば、本校を卒業して野球とは離れた仕事に就いたとしても、休日に審判員をするとか、好きだった野球と関わる方法はあります。そうした役割の魅力を、私たちが伝えていけるように頑張りたいと思っています」

　今回の日本代表では、佐竹功年（トヨタ自動車）をはじめ6名がアジア競技大会に2大会連続で出場した。同じように、5年前のジャカルタに続いてアジア競技大会で公式記録員を務めた中村さんも、日の丸を背負って活躍したひとりと言っていい。

「何か野球と関わりたいと考えていた学生の頃には想像できなかったほど、野球との距離が近い生活は充実しています。次は、U－15女子ソフトボールのワールドカップが10月21日から東京で開催されます」

　日本の野球は世界ランキングで長く1位をキープしているが、グラウンドで選手たちが残す成績だけでなく、中村さんのように大会運営に関わる優秀なスタッフを次々に育成し、世界の舞台に輩出してこそ、日本の野球は本当の意味で世界のトップと言えるのではないだろうか。 

【文･写真＝横尾弘一】

※次回は10月27日（金）12:00にリリースします。

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