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古豪・全府中野球倶楽部を支える54歳左腕、平井孝治投手 社会人野球NOW vol.38
1930年に発足し、1984年の第9回大会で優勝経験もある全府中野球倶楽部(東京)が、9月3日に閉幕した第48回全日本クラブ野球選手権大会に14大会ぶりの出場を果たした。2回戦で敗退したものの、前回出場の時代から唯一、現役を続けている54歳の左腕、平井孝治投手が古豪復活への足掛かりを作った。
=2回戦のエフコムBC戦で14年ぶりに全日本クラブ選手権で登板した全府中野球倶楽部の平井孝治投手
14年ぶりの大舞台 持てる力を出し切る
2回戦のエフコムベースボールクラブ(BC、福島)戦。一回にいきなり4失点する苦しい展開の中、平井投手は四回途中から2番手で登板した。
エフコムBCとは7月の第48回JABA一関市長旗争奪クラブ野球大会でも対戦した。「3-1で勝ちましたが、向こうのヒットも多くて、毎回ランナーを出しながらのしのぐ展開。今日も初回から非常にバットが振れていた」と平井投手。食らいついてくる相手打者の勢いを止められず失点した。それでも最後の2イニングでは少し腕を下げた横手投げも試すなどして、無失点。試合は3-9で敗れたが、自身としては4回3分の1、打者23人に対して75球、2失点の成績を残し、14年ぶりの全国大会のマウンドで持てる力を出し切った。
1970年、神奈川県出身。神奈川・相武台高校を卒業後に全府中に入団した。3年ほど在籍した後に、都市対抗出場を目指し、セレクションを受けて企業チームに移籍。その後も数チームを渡り歩いたが、静岡県浜松市のチームにいた15年ほど前に現在コーチ兼マネジャーを務める前田勉さんから「戻ってこいよ」と誘われ、全府中に復帰を決めた。復帰1年目の2009年、チームは13回目の全日本クラブ野球選手権に出場し、1回戦では松山フェニックス(愛媛)と対戦。平井投手も2番手で1イニングを投げた。
それから15年。「またすぐに(全国に)出られるチームだなと思っていたが、そこからが長かった」と平井投手。40歳を超えた頃には上がり(引退)を考えた時期もあったが、「うまく前田さんに(引退の話を)かわされたり、たまたま投手がいなくて『じゃあ、平井さん、お願いします』みたいな感じが多かった」。そうこうしているうちに少しずつ考えが前向きに変わっていった。「この歳で現役でやってるだけで驚かれる。それは付加価値だし、今も全然、身体は動く。だから、自分で決めて辞めるのはもうよそう、動けるうちはやろうという風になりました」
=全日本クラブ選手権2回戦のエフコムBC戦で、マウンドから引き上げる全府中野球倶楽部の平井孝治投手(左)
鉄腕の秘訣は「新陳代謝」と柔らかい筋肉
今年も予選から大車輪の活躍で、チームもまだまだ、平井投手を頼りにしている。クラブ選手権の出場権を懸けた関東地区代表決定戦・太田球友硬式野球倶楽部戦では、1点を追う五回から2番手で登板。90㌔台の緩い球に両コーナーを突く真っすぐを織り交ぜて打者を翻弄し、八回までの4イニングを散発2安打無得点に抑えた。九回にはチームが勝ち越し、14年ぶりの全国切符とともに勝ち星も手にした。
チームメートの31歳の永野将司投手は、平井投手が投げ続けられる秘訣の一つが「新陳代謝」にあると分析する。冬でも平井投手は玉のような汗をかくため、「発汗するからすぐ体も温まる」(永野投手)。また、プロ野球・ロッテでプレーしていた永野投手は佐々木朗希投手をはじめ多くの選手の腕を触らせてもらったことがあるが、プロの一線級の投手に比べても「筋肉の質がすごい。ふにゃふにゃで柔らかくて、54歳の腕じゃない。肩関節も柔らかい」と絶賛する。そのおかげか、平井投手は長い現役生活の中で肩や肘の故障で長期離脱したことは一度もないという。普段からも自宅で水素発生器を使った水素風呂に入り、食事もしっかりと食べることを心掛ける。「若い人にも『平井さん、よく食べるね』と言われるんです。正直言うと、若くいようともしていますよ。あまり偉そうにしないで合わせてふざけながらやるところがないと、やっぱり若い選手たちとは距離ができてしまう」と笑うが、日々の細かな努力の積み重ねが50歳を過ぎてもプレーできる理由であることは間違いない。
全日本クラブ選手権を終えた平井投手は「試合に出られなくて悔しい思いをした人もいると思いますが、みんなのチームためにやろうっていう気持ちがきゅっと結束したことでここまでこれた。まだまだ足りないところはありますが、そこが良かったんじゃないか」と振り返った。
自身としても収穫があった。「お荷物になるならいつでも辞めるし、めちゃくちゃに打たれたら引退という思いもあったが、今日も何とか形になった。最後は投げる球がなくてちょっと横から投げてみようと思ったら詰まらせることができたので、この戦法はいけるなと思いました」と手応えを口にした。
「応援してくれるみなさんも盛り上がっていたし、(全国大会でも)一つ勝てて、本当に良かったです」と平井投手。「まだ、夢の途中」という大ベテランはまだまだ鉄腕を振り続ける。【毎日新聞社野球委員会 中村有花】