MENU

CLOSE

JABA

トピック TOPICS

シリーズ監督論「教え、教えられ」 東京ガス・松田孝仁さん 社会人野球NOW vol.43

hp_banner_yoko__small.png

 

 第49回社会人野球日本選手権大会が10月29日、京セラドーム大阪で開幕します。社会人野球の指導者に聞くシリーズ監督論「教え、教えられ」。今回は、関東地区代表として3大会連続13回目の出場を決めた東京ガスの松田孝仁監督(43)です。2021年の都市対抗野球大会ではヘッドコーチとして東京ガスの初優勝に尽力し、23年から前任の山口太輔監督よりバトンを受け継ぎました。1年目との変化、若い選手との向き合い方、日本選手権への意気込みなどを聞きました。【聞き手 毎日新聞社野球委員会・中村有花】

 

日本選手権に向けた抱負などを語る東京ガスの松田孝仁監督

就任2年目、都市対抗4強は「あの試合があったから」

 ――就任2年目の今季、都市対抗では4強入りしました。

 ◆松田監督 1回戦負けした昨年の都市対抗があったから、今年はベスト4まで行けたのだと思います。東京都2次予選の第3代表決定戦、JR東日本戦では延長十回タイブレークの末にサヨナラ勝ちして出場権を獲得しました。最後はセーフティースクイズを決めて勝ったのですが、予選の緊迫した場面でもスクイズを一発で決められるようになった。その根底には去年の経験があったと思います。

 ――昨年の都市対抗で高松市・JR四国に初戦で敗れました。

 ◆あの試合は、チームとしても、僕個人としてもすごく大きな1試合でした。21年に初めて都市対抗で優勝してから、東京ガスは「打つチーム」という印象が周囲に浸透していたと思います。当然、その方針は変えずに取り組んでいましたが、やはり打線は水もので、昨年はJR四国の近藤壱来(かずき)投手に攻撃陣が手も足も出ず、という形で負けてしまいました。いい投手にしっかりと調整を合わせられると、なかなか得点できない。それを改めて認識させられた試合でした。打てない時、なかなか打ち崩せない時に、何とか勝利をつかみ取れる野球をしようと、都市対抗が終わってからすぐのミーティングで選手たちに伝えました。

 ――具体的にはどんなことに取り組んできたのですか。

 ◆これまでは全体でバントの練習というのはやっていませんでした。基本的には選手にバッティング練習の中で任せていました。バント(の指示)があると分かっている選手はしっかり個人練習をしてくれているのですが、改めて全体での練習に組み込みました。みんなの目に触れるところで全員が一発でバントを決める。特に失敗したからランニングをしようとかそういうの(罰則)は全くなくて、どうやったら決められるか、なぜ決められなかったかを考えさせるためにも全員でやろうと。やはり、個人でやるのとみんなが見ている中でやるのは違うので、刺激も、プレッシャーも掛けながらというところでやる機会をあえて増やしました。

 ――チームが成長した手応えがあったのではないでしょうか。

 ◆チームとしても、まだまだ可能性を秘めてるなということを実感しました。都市対抗2回戦は試合巧者のENEOSとの試合だったのですが、こういうチーム相手でも競り合いの試合ができて、何とか最終的に勝ちを拾えた。チームとしても選手個々としての成長の表れだと思いますし、選手はたくましくなったと感じました。

 ――東京ガスはどんなチームですか。

 ◆「選手が主体的にやる」という土壌を山口前監督の前の菊池壮光監督が作り、山口監督がその下地の上に攻撃に特化した練習を取り入れ、攻撃力を付けたことで21年の都市対抗初優勝に繫がっていきました。僕も21年からコーチに就任したので、ある程度、このチームの取り組みは理解しています。やはりいい部分は継承したいですし、それで足りなかった部分、もっとここは詰めなければいけないと自分が感じている部分は選手と話をしながら肉付けしていく。また少しスタイルチェンジしながら戦っていっている最中です。

 ――選手とはどんなタイミングで話をすることが多いですか。

 ◆グラウンドにいる時、練習外の時間などいろいろです。今年はキャプテンを8年目の笹川晃平選手に任せ、5年目の北本一樹選手、相馬優人選手、冨岡泰宏選手、加藤雅樹選手の4人を副キャプテンに据えています。これは、副キャプテンの4人が中心となってチームを作っていってほしいという意味合いで指名しました。もちろん笹川選手がキャプテンとしているけれど、キャプテンからの指示待ちではなく、自分たちで「こういう練習がチームには必要だ、もっとこういうことをやりたい、こうしなきゃいけない」というのは積極的に出してくれと伝えています。だから、この5人とは特によく、会話はしますね。

 ――とても風通しがいいチームに見えます。

 ◆実は1年目は失敗したんです。僕の中には「こうあるべきだ」という監督像があったんですね。その時に僕が思っていたのは、やっぱりある程度、選手と距離を取らなければいけない、コーチから上がってきたことに対して僕が判断、決断をしていかなきゃいけない。そういう「監督論」がありました。去年の1年はそのイメージに近づけるという作業をしていて、だからほとんど選手としゃべらないし、大事な話はしない。でも、それまでの僕はヘッドコーチでどの選手のことも隅々まで知っている感じだったんですよ。それがガラリと変わったので、選手としてはギャップがすごくあったのだと思います。うまくいっていなかったですね。

 ――なぜそれに気づくことができたのですか。

 ◆シーズン終了後、笹川選手を皮切りに、中心となる選手全員と個々で食事に行き、この1年間の僕に対するフィードバックをしてもらいました。自分なりにも当然、振り返ってはいたので、その答え合わせとして選手はどう思ってるのかをざっくばらんに言ってもらいたいと思って。そうしたら、「(ヘッドの時には)あんなに何でも話してくれていたのに、今はすごく距離があって話せないです」、「何を思っているのか分からないです」という意見がすごく多くありました。このチームだったり、今の選手たちにはこれではダメだったんだなということが「答え合わせ」をしてよく分かりました。

 ――1年目と2年目では立ち居振る舞いがガラリと変わったのですね。

 ◆選手からの話を聞き、他にもいろいろと自分自身の腑に落ちることがたくさんありました。彼らが言いたいことも聞けたので、それを基に2年目は年明けから変えていきました。今はそれが普通になっていますが、自分としても今の方が全然いいです。去年は自分でも「演じていた」というか、何か違った。やはり、楽しくやれば選手たちは力を発揮する。ここぞのところで結束するチームを作りたいと思っています。そのための監督はどういう感じかなというのを日々、自問自答しながら探っているところです。やれているのかやれていないのか、これもまたシーズンが終わったら選手が答えを出してくれるでしょう。

 

 =日本選手権出場を決めた東京ガスの松田孝仁監督(中央、背番号59)と選手ら

「俺の時はこうだった」は言わない 若手へのアプローチ術

 ――13年に現役を引退されてから21年にコーチとして復帰するまでの間は、社業に専念されていました。改めて感じたこと、今に生きていることはありますか。

 ◆たくさんあると思います。一番は自分たち以外の社員の方の働きのおかげで、今、野球に専念できる環境があるということです。今の選手たちは会社に入って、「野球部」しか経験していませんが、「いち会社員」の人生を歩んでみるとこの環境は普通ではありません。社内にはいろんな職場があって日中もカチャカチャと仕事をしながら、「12 時になれば昼食を取り、13 時になったら会社を出ないと14時のアポイントに間に合わない」などと追われて1日を過ごすわけです。一方で、野球部は午前中は全体練習をして、午後からは自分のやりたい練習ができる。自分たちがこうやって野球に専念させてもらえるのは、自分たち以外の社員の方の働きのおかげなのだと分かりました。もちろん野球部のことをよく思わない方、応援に行きたくない社員の方もいると思うのですが、その方々のおかげで野球ができているのだから、そういう方たちにも球場に足を運びたいと思ってもらえるように取り組んで行かなければならないと思っています。

 ――新人選手とは20以上の年の差がありますが、若い選手への対応で気をつけていることはありますか。

 ◆とにかく自分の経験値だけで、自分のほうから「俺の時はこうだった」などという話はしないようにしています。もし、「監督の時はどうだったんですか?」と聞かれたら話しますが、そこは気を付けています。まず選手に対して「どうなん?」と聞く方がいいんだと思いますね。「練習しろ」というとしないけど、「これいいじゃん、すごく良くなったよ」と褒めてほおっておくと、自分でやっている。「実はこういう練習しているんです」と話してくれることもある。そういうアプローチの仕方が多いです。

 ――まもなく日本選手権が始まります。関東予選でも活躍したベテランの存在感について教えてください。

 ◆当然、今のベテランの選手たちは特に都市対抗で、優勝、準優勝という経験をしています。どういう雰囲気にもっていけばいいか、どういう試合運びをすれば勝っていけるのかということが分かっています。日本選手権関東代表決定戦の鷺宮製作所戦では終盤、ここぞの場面で力を発揮してくれました。延長タイブレークの十回に3点を先行されましたが、その裏に10年目の32歳、小野田俊介選手の2点適時打などで4点を入れてサヨナラ勝ちしました。小野田選手なんて、予選の前になると一人で何時間も打ち込むんです。毎回、毎年、監督やコーチが「もうやめとけ」って止めるぐらい。そういう姿は若い選手たちにとっても大きいです。

 ――日本選手権に向けて抱負を。

 ◆都市対抗と日本選手権の2大大会で優勝することが目標です。とにかく公式戦は全部勝ちたい。特に日本選手権は優勝の経験がないので、このチームで新しい歴史を作っていきたいと思っています。

  まつだ・たかひと 1981年2月10日生まれ。現役時代は捕手。大阪桐蔭高、関西大を経て三菱自動車岡崎に入社し、2005年、東京ガスに移籍。09年の都市対抗では打撃賞も受賞した。13年に現役を引退し、21年にコーチで復帰。23年から監督を務める。