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「あんな選手いたの?」注目度急上昇 エイジェック谷内隆悟投手 社会人野球NOW vol.68
社会人野球に新風を吹かせるエイジェックに、無名から一転、プロ球界に注目される左腕がいる。同志社大から加入3年目の谷内(やち)隆悟投手。逆境を乗り越えて成長を続ける24歳の存在感が増している。
=JABA日立市長杯選抜野球大会で好投するエイジェックの谷内隆悟投手
「秘密兵器」左腕は最速150キロ
4月のJABA日立市長杯選抜野球大会。ひたちなか市民球場で開催された日本製紙石巻戦で圧巻の投球を見せた。2点リードされた五回から3番手として登板すると、5イニング、打者16人から9奪三振。しなやかな腕の振りから、スピンを利かせた140キロ台の直球を投げ込み、カーブやチェンジアップを交えて打者に的を絞らせなかった。181センチの長身から四隅を突いて、無四球の制球力も際立った。許したのは、わずか1安打。その1安打が本塁打で、試合が引き分けたこともあって、表情は淡々としていたが、今季の活躍を予感させる63球だった。
「力まずにリズムよく、いつも通りのピッチングができたのはよかったが、九回に浴びた一発は、不用意な一球だった。リズムよく行くのは大事だけど、状況をもうちょっと把握しながら投げれば、防げたんじゃないかなと思います」。本人は反省も口にしていたが、対照的に満足そうに振り返るのは、難波貴司監督(60)だ。「秘密兵器のように見られますが、隠していたわけではなく、血行障害だったので、1年近いブランクがあったんです。努力が実を結んで、仕上がってきました」とニンマリした。
=表情を変えずに淡々と打者を料理するエイジェックの谷内隆悟投手
ルーキーイヤーに血行障害 手術で「1年近いブランク」
利き手の左指先に痛みを覚えたのは、ルーキーだった2023年10月ごろ。春のキャンプから食事の量を増やして体重を7キロ増の80キロにし、ウエートトレーニングでジャンプ力を増し、大学時代は140キロに届かなかった球速も150キロに達するなど順調に進化していた時だった。病院に受診すると、指先の血流が低下し、しびれや痛みを感じる「血行障害」と診断された。服薬では改善されず、同年12月に第一ろっ骨を切除する手術を受けた。昨年、キャッチボールを再開し、実戦のマウンドに戻った時には、夏も終わりに差し掛かっていた。
当時の左腕の姿から、今の快投を誰が連想できただろう。2年目は、さぞ失意に満ちたシーズンだったかと思えば、本人の述懐に意外と落胆の色はない。
「血行障害とわかった時点で、2年目はもう無理だな、って割り切りました。落ち込んだとしても変わらないから。もともと野球が特別うまかったわけでも、優等生でここまできたわけでもないので、特にプライドもありません。なんとかなるだろう、今やることをちゃんとやれば、後々につながってくるんじゃないかな、とゆったりしていました」
心落ち着かせ、ランニングや体幹強化など基礎トレーニングに時間を割きながら、再びマウンドに立つ「その時」を待った。無名選手としての心構えが、逆境で強みとなった。
=逆境を乗り越えて飛躍し、プロのスカウトの注目を浴びるエイジェックの谷内隆悟投手
スカウトも熱視線 チーム初のプロ誕生か
京都府宇治市で、6人きょうだいの1番上として生まれた。小学2年で野球チームに入り、中学は部活動で軟式野球を続けた。古豪、京都府立鳥羽高校に進んだが、高3の夏の予選も8強止まり。甲子園には縁がなかった。同志社大での公式戦登板は「2試合で、合計1イニングぐらいだった」という。
ただ「自分の中では、まだできるだろう、というのがどっかにあった。自分の上限が、ここではないと、なんとなく思っていた」。弟、妹5人中4人が野球に励んでおり、「長男として絶対に負けないぞ」との気持ちもあった。大学のコーチの紹介でエイジェックの練習に参加した。「フォームのバランスとコントロール、それに変化球がよかったので、この子、面白いなと思った」。難波監督の目に留まった。
そして今は「あんな選手いたの?」と周囲に騒がれる選手になった。日立市長杯の日本製紙石巻戦は「プロ5、6球団のスカウトが来られていたと思う」と難波監督は明かす。栃木県小山市と栃木市を本拠とする2018年創部のエイジェックは昨年、都市対抗野球大会で初勝利を果たすなど着実に歩みを進めているが、プロ野球のドラフト会議で指名された選手は、まだいない。「プロ1号」として、チームの歴史に新たな1ページを刻むことも期待されている。
「プロに行くことはもちろん、目標ですけど、今年1年、エイジェックで躍動したいという思い、それが1番強い」。ゆったりと、でも着実に前へ。遅咲きの左腕は、気負うことなく、ずっと成長の途上にいる。【毎日新聞社野球委員会・藤野智成】
※次回の社会人野球NOWは5月27日公開予定です。