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名門追い詰めたテイ・エステック旋風 社会人野球NOW vol.71
グッドルーザーという表現がふさわしい戦いぶりだった。社会人野球の名門相手に真っ向勝負を挑み、ぎりぎりまで追い詰めた。わずかに東京ドーム切符には届かなかったが、スタンドから沸き上がった歓声と拍手が、よき敗者であることを証明していた。創部6年目で悲願の都市対抗野球初出場に挑んだ埼玉県の新興勢力、テイ・エステック(行田市・鴻巣市)。南関東2次予選の台風の目となったチームのエースとして奮闘したのは、2年目右腕の山崎駿投手(23)だった。
=都市対抗野球南関東第2代表決定戦で力投するテイ・エステックの山崎駿投手
緩急で惑わし、再び力投
千葉県総合スポーツセンターで開催された12日の南関東第2代表決定戦で、マウンドに向かったのは、やはりこの男だった。都市対抗優勝経験を持つ強打のJFE東日本(千葉市)を相手に、持ち前の制球力で打たせて取る投球を披露した。
179球完投勝利を収めた6日の準決勝、日本製鉄かずさマジック(君津市)戦から、中5日だったが、緩急をつけてリズムよくストライクを先行させた。配球を研究されているのに感づくと、前戦と組み立てを変えた。最速146キロのスピードで押すよりもカットボール主体で、緩急で惑わす投球を展開した。二回から四回は9球ずつで片付けた。身上とするのは「バッターのやりたいバッティングをさせない」投球。その言葉通り、178センチ以上の長身に感じさせるほどの存在感だった。
スコアボードにゼロを並べ続け、打線の援護を得て2点リードで迎えた八回、変化が見え始めた。下半身に疲れが出て、球が浮き始めた。フィールディングに定評があるが、バント処理で自ら悪送球して傷口を広げた。2点を失い、試合は振り出しに戻った。
=勝ち越し本塁打を放った阿保楓真選手を笑顔で迎えるテイ・エステックの選手たち
それでもその裏、阿保楓真選手(25)、友田晃聡選手(27)に連続ソロが飛び出した。再び2点を勝ち越して九回のマウンドに向かった。勝利まで、あとアウト二つのところから、連続四球を出し、同点の2点適時打を浴びた。タイブレークに突入した延長十回、勝ち越され、132球で降板した。
「中盤はテンポよく打たせて取る投球ができていましたが、100球あたりから、アップアップになってきていました。目の前のワンアウトを軽く受け止めてしまったのか、力のなさを改めて感じました」。東京ドームはもうすぐそこだっただけに、悔しい5―8の敗戦だった。
初のキャンプで結束固め
東京都出身。桐蔭学園高3年でセンバツに出場し、桐蔭横浜大を経て、昨春、テイ・エステック入りした。昨夏の都市対抗では、ルーキーながら日本通運(さいたま市)に補強選手として招かれ、先発のマウンドにも立った。「補強で出場し、次は自分のチームで都市対抗に出たい、自分のチームで出たらもっと楽しいだろうな、と強く思いました」。冬場に下半身のトレーニングに注力し、スタミナをつけた。
プロ野球のヤクルトなどでも活躍した寺村友和投手コーチの言葉を借りれば、「野手を含めてもチームで一番足が速く、器用。相手をしっかり見て、状況に応じて、攻めるところ、守るところ、考えて、打者の嫌なところに投げることができて、とてもクレバーな投手」に成長した。
チームとしても今年は強化に力を入れてきた。埼玉県朝霞市に本社を置く自動車内装品メーカーのチームとして2020年4月に創部され、選手26人は午前中、行田市の工場で働き、午後から鴻巣市のグラウンドに集まる。今年はシーズン前に初めてとなるキャンプを3週間、沖縄の宮古島で実施した。普段は寮生活でなく、食事もそれぞれだが、文字通り、同じ釜の飯を食べることでチームは結束を固めた。その成果として、南関東2次予選で初めて第1代表決定戦に進み、日本通運に0―3と善戦した。それに続く第2代表決定戦の激戦だった。
=終盤、サングラスを外して選手たちに指示を送るテイ・エステックの山田倫久監督
自信を手にし、日本選手権へ
戦い終えた山田倫久監督(59)はダッグアウト裏通路で「本当に悔しい」と何度も声を絞り出した。強豪のHondaに選手、コーチとして身を置いた山田監督は、名門の壁の分厚さを知っている。だが今回は、その壁を崩すまであと少しだった。「選手は諦めずに力を出してくれたが、勝たせてあげられなかった。結果は負けているけど、本当に勝てるところまで来てるんじゃないかと思う。予選を勝つために、まだ足りないもの、ちゃんと見極めないといけない」。次へのエネルギーとなる無念がこみ上げていた。
旋風を巻き起こしたチームは、悔しさと共に自信と手応えも持ち帰る。「あと一歩だったんですけど、こういう感じになっちゃいました」と苦笑いしたエースは、次なる戦いにも言葉を紡いだ。「うん、次は北海道大会を目標に頑張っていきたい」。8月に控えるJABA北海道大会で優勝すれば、2大大会のもう一つ、秋の日本選手権の出場権をつかむことができる。チームもエースも大きく飛躍させる「1敗」となりそうだ。【毎日新聞社野球委員会・藤野智成】
※次回の社会人野球NOWは6月24日公開予定です。