トピック TOPICS
ミラクル鷺宮 最後まであきらめない全員野球で東京第1代表に 社会人野球NOW vol.73
7月1日、明治神宮野球場での都市対抗東京都2次予選で、ミラクルは起きた。東京ガスが4-2とリードして迎えた鷺宮製作所九回裏の攻撃。マウンドには東京ガスの寺沢。逃げ切りを図るべく、八回から満を持して登板した左腕だ。
先頭の保戸田が三振に倒れ、まず1死。ここで鷺宮製作所の幡野一男監督は左の花﨑に代え、右の千葉を打席に送った。このしびれる場面で、千葉は初球を打って、というよりは、食らいつくようなフォームで、ボールを右前に運んだ。「2点差なので思いっきり行き、チームに勢いをつけられればという気持ちだった。真っすぐに負けないよう前で強く振ろうと思った。監督に言われる前から準備はしていたので、準備は100%できていました」
=サヨナラ3ランを放ち、指を突き立てる鷺宮製作所の薮井
執念、薮井のサヨナラ3ランに結実
この積極性が東京ガスの逃げ切りとの球場の雰囲気を一気に押しとどめた。続く西浦がしぶとく三遊間を破り、佐藤の死球で満塁となった。
ここで両チームの明暗を分けるプレーが起きた。左打席の竹原の打球はセカンドゴロ。いったんマウンドではねたか、微妙にコースが変わり、ベース付近に飛んだ。4―6―3のダブルプレーを狙った東京ガスの二遊間だが、一塁は竹原の足が一瞬早くセーフ。ゲームセットとはならず、わずかな差が併殺崩れとなって1点が入り、鷺宮製作所に勝利の可能性が開けた。東京ガスの二遊間も必死の好プレーだったのだが。
1番の薮井に打順が回った。ここまでは東京ガス先発の臼井に抑えられ、無安打だった。初球は内角へのすばらしい速球。2球目ファウル、3球目は外角へのボールと続き、カウントは1ボール2ストライク。4球目は外寄り、やや低めの速球。決して簡単なボールではなかったように見えたが、薮井はこれを左翼へ運び、逆転3ランとなった。打たれた寺沢はマウンドで崩れた。
「来た球をどんどん振っていこうと打席に立った。追い込まれたけれど、次につなぐことだけを考えていました。芯をくったので、打った瞬間、入ったと思いました」と薮井。無我夢中だったのでどんなボールを打ったのかは覚えていないという。今季は1番を任されていて、役割を果たそうとの責任感があったのだという。「ちょっとですけど、この最終回でそれを果たせて良かったと思います」と、はにかむような笑顔を見せた。
まさかのサヨナラ勝ちに幡野監督は「最後まで今年のチームは何が起きるかわからない。最後まで勝つと信じていました。最高です、このチームは」と興奮を抑えられない様子だった。
「全員野球」の意識浸透
鷺宮製作所は2年続けて都市対抗出場を逃してきた。今シーズン始まる前に幡野監督は改めて「全員野球」を掲げた。「どのへんが足りなかったのかと考えた時、他チームと技術的な差がそれほどあるとは思わなかった。もう一度、全員が一つになって、本気になって野球に向き合おうと、毎日言い聞かせながらやってきました」という。
試合に出ていようが、ベンチにいようが、みんなで戦う気持ち。全員が主力だからこそやらなければという意識。そうした意識が、前述した代打、千葉の初球打ちとなった。「彼に限らず、全員が初球から振れるような勇気をもって、やってきた。それがまた連鎖反応を生む」と、幡野監督はチームの成長を表現する。
=サヨナラ勝ちし、喜び合う鷺宮製作所の選手たち
今回のサヨナラ勝ちには既視感がある。シーズン開幕を告げるJABA東京スポニチ大会で、鷺宮製作所は準決勝のJFE東日本戦、決勝の大阪ガス戦と立て続けにサヨナラ勝ちを演じている。準決勝はタイブレークの十回に中島優が右中間にサヨナラ安打、決勝では同点の九回1死二、三塁で、4番の野村が右翼へサヨナラ3ランを放ち、優勝を決めている。
今季、最初の公式戦で予選リーグを含め5連勝での優勝。直後の東京都企業春季大会も3連勝で優勝。JABA京都大会の予選リーグ2戦目でツネイシブルーパイレーツに敗れるまで、開幕から9連勝をマーク。チームは終盤に競り勝つことも含め、大きな経験と自信を身につけた。千葉が決定戦を振り返って話した。「今までの試合も何かどうにかなるみたいな感じだったので、今日も最後までいけると思っていました。東京ドームでも全員が自分の役割を考えて戦いたい」
新生鷺宮、3年ぶりのドームへ
3年前の都市対抗出場登録選手から半数以上が入れ替わった。現在の選手のうち、当時Honda熊本との1回戦で先発出場したのは、野村、村上、米田の3選手のみ。サヨナラ本塁打の薮井はまだ1年目で「ベンチで応援していました」。千葉は今年3年目なので、まだ入社していない。
ベンチ入りも含め都市対抗を経験した当時の若手が中堅となり、それに新しい選手が加わって、今季のミラクルが生まれた。出場できなかった2年間は、チームが生まれ変わるのに必要な時間だったのだろう。竹丸や中島隼ら安定した投手力を土台に、競り合えば勝てるという自信、勝負所どころでの集中力。今季の鷺宮製作所はしぶといチームになってきた。【毎日新聞社野球委員会・斉藤雅春】
※次回の社会人野球NOWは7月15日公開予定です