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日本生命・竹間監督と東芝・竹間マネジャー 社会人野球がつなぐ「親子対決」実現なるか 社会人野球NOW vol.108
今季から就任した社会人野球の新監督の中で、とりわけ注目を集めているのが西の名門チーム・日本生命の竹間容祐(ようすけ)監督だ。選手として11年プレーし、コーチを19年務め、満を持しての「登板」になった。竹間監督の長男は東の名門、東芝のマネジャー。都市対抗野球、日本選手権といった全国の舞台での「親子対決」実現にも期待がかかる。

=社会人野球のベースボールマネジャーミーティングで挨拶する日本生命の竹間監督
竹間監督は日体大を経て1994年に日本生命に入社。外野手として活躍し、97年の都市対抗優勝に貢献した。2002年には主将としてチームを率い、日本選手権を制覇。04年に引退後はヘッドコーチなどを歴任した後、24年から社業に専念したが、「再び日本一へ」の命題を託され、指揮官として再び現場に戻ってきた。
新チームがスタートして約半年。JABA大会は四国、京都とも準決勝敗退に終わったが、竹間監督は「そもそもそんなに簡単なものじゃないと思っていました。やっぱり甘くない。でもやる以上は負けたくない」と闘志を燃やす。掲げるのは「バッテリーを中心とした守りの野球」と「足を生かした攻撃」。特にJABA大会を終えて守りの部分は課題が見えてきており、「2次予選までに積み上げていく」と前向きに捉えている。
長年、指導者としてチームに携わってきた竹間監督。ただ、指揮官の視点では「チームを俯瞰的に見るようになりました」と、ひと味違う景色が見えている。「例えばバッティング一つとっても、コーチをやっているときは『もうちょっと、こうしたらいいんじゃないか』など、選手と向き合って課題などに取り組んでいました。今は、選手と向き合う際には細かなことに関しては各担当コーチに任せています」。一方で、「コーチ陣に言っているのは、『最終的な判断は僕がするよ。ただ、そこに行き着くまでのプロセスなどについてはどんどん意見してほしい』ということ。シーズンが終わってあの時はこうだった、というのではなく、その時その時に何か課題や問題があれば、それをちゃんと言ってほしい。やっぱり一枚岩にならないと戦っていくことはできない」と持論を語る。都市対抗、日本選手権の「夏秋連覇」を果たした15年シーズンを知るだけあって、「なかなか最初から100%というのは難しいが、あの年は勝つことによってどんどん自信を深めて、チームの結束力が強くなっていった。最初からバラバラのチームはそういうふうになり得えない」と経験を語る。

=7歳の頃、応援に行った第78回都市対抗野球大会で竹間監督(上)と記念写真を撮る竹間マネジャー
竹間監督を語る上で、欠かすことができないのが長男の心(こころ)さんの存在だ。都市対抗歴代2位の7回優勝を誇る東芝野球部の屋台骨を支えている。今季が入社5年目。チームのスケジュール管理、遠征などの手配、社内調整に取材対応などのほか、一般社団法人JABA神奈川県野球協会の事務局の役目など多岐にわたる業務を任されている。社内外問わず、人との付き合いが多い仕事だが、持ち前の明るさとコミュニケーション能力の高さで、チームにとってかけがえのない戦力になっている。
心さんが野球を始めたのは小学2年の夏。もともとは「バリバリのサッカー少年」だったが、父の背中を見ているうちに自然と野球の道へと導かれた。鮮明に覚えているのが、4歳の時に日本選手権で日本生命が優勝し、打撃賞を獲得した時の父の姿だ。都市対抗にも毎年足を運び、各チームの応援でお祭りのような雰囲気になる東京ドームでのひとときもとても楽しみだった。そんな環境の中で、「野球ってどんなものなんだろう」という思いがふつふつと沸き、サッカーボールはグラブとバットに置き換わった。
単身赴任だった竹間監督とは離れて暮らす時間が長く、直接野球を教わる時間を持つことはなかなか難しかった。だがその分、二人は「毎日の電話」を大切なコミュニケーションツールにしていた。毎日、ほんの短い時間、たわいもない話をするときもあった。「父親に何か話したいことも子ども心にあるだろうと考えていました。ほんの少しでも時間があれば、そういうことを聞いてあげたいと思っていました」と竹間監督は振り返る。
心さんは埼玉・立教新座高を経て立教大に進み、1年夏からマネジャーに転向した。大学自体も後半にさしかかり、漠然と「スポーツに携わる仕事に就きたい」と考えていた頃、「マネジャー採用」を検討していた東芝から誘いを受けた。東京六大学での経験、マネジャーとしての働きぶりが平馬淳監督(現ゼネラルマネジャー)の目に留まったという。
驚いたのは竹間監督で、「誰でもできる仕事ではないと思っていますので、マネージャーとしてお声がかかったのは非常に光栄なこと」としつつ、旧知の仲だった平馬監督にすぐに連絡をしたという。「父親が俺って、分かってるのか?」との問いに、「竹間さんのご子息だから採用するのではないです。心と接していて、東芝の力になってくれると思ったから採用するんです」という平馬監督の言葉がうれしかった。心さんには「マネジャーとしてオファーがあって、東芝に入社ができるのがどれだけありがたい話か。身をもって経験しなさい」と助言し、就職活動も継続することを条件にしたという。

=マネジャーになった頃の竹間マネジャー(右)とコーチ時代の竹間監督
昨秋、竹間監督の監督就任が決まった際には家族で喜んだ。心さんは「めちゃくちゃうれしかったですね。社会人野球31年目なんて、自分なら考えられない」と改めて尊敬の念を抱く。
二人はこれまで、「コーチ」と「マネジャー」としてオープン戦やJABA大会で対戦したことはあるが、全国大会で顔を合わせる機会はなかった。今度は「監督」と「マネジャー」として日本一を争う舞台で戦うことを心待ちにしている。もしその機会に恵まれたなら、心さんは母に「バックネット裏の一番真ん中」の席に座ってもらい、親子の「対決」を見守ってもらうつもりだ。【毎日新聞社野球委員会・中村有花】
※次回の社会人野球NOWは6月9日公開予定です。
