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ENEOS・大久保監督が目を細めた都市対抗決勝前の光景 社会人野球Express vol.25

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「東京ガスは横綱、ENEOSは前頭3枚目」大久保監督

 93回都市対抗野球大会で9年ぶり12回目の優勝を果たした横浜市・ENEOS。大久保秀昭監督は、監督として歴代最多となる4回目の優勝を成し遂げ、目覚ましい活躍をしたチームや個人に贈られる「小野賞」に選ばれました。大会連覇を狙う東京都・東京ガスを「横綱」、ENEOSを「前頭3枚目」と評していた大久保監督は決勝の数時間前、選手たちのある行動を目にしてチームの成長を感じ、自信を持って試合に臨んでいました。

 7月29日午前。ENEOSは自チームのグラウンドで決勝に向けて調整を行いました。練習開始前、大久保監督がグラウンドに足を運ぶと、選手たちがグラウンドの落ち葉を拾い、草むしりをしていました。主将の川口凌選手や度会隆輝選手はトイレ掃除をしていました。大久保監督は「決勝戦の大事な試合の前に普段と変わらないことができている。本当に成長したな」と目を細めました。

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=閉会式で黒獅子旗を手にする川口主将

チーム再建の第一歩「早寝早起き朝ご飯」

 都市対抗で2008年、1213年と3度優勝した「優勝請負人」の大久保監督が、2度目の監督に就任したのは19年オフ。当時チームは都市対抗に4年連続出場を逃していました。「休部」のうわさも耳にしたという大久保監督は「そうでなければ、僕が戻ってくる必要がなかったと思う。危機感を持っていた」と振り返ります。

 チーム作りの第一歩は「早寝早起き朝ごはん」でした。同じ西関東のライバルである東芝や三菱重工Eastと比べて「うちの選手は8番、9番、2番タイプ」と大久保監督。都市対抗で優勝するためには5試合勝ち抜く体力や精神的なタフさが欠かせないと考えていましたが、当時の選手たちは練習以外の時間や休みの日に食事やゴルフに出かける一方、グラウンドでは目的意識もなく練習をしていました。大久保監督は「勝てていないのに、その私生活はどうなの」と疑問を呈し、生活習慣の見直しに着手しました。新型コロナウイルスの感染拡大で外出できないことも重なり「一人、二人と室内やグラウンド、トレーニングルームにいる時間が長くなった」と少しずつ選手の意識は変化しました。

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 それから3年弱。初の決勝の大舞台を前にしても選手たちは日々と変わらず、当たり前のように草むしりなどをしていました。「当たり前にやることが1番難しいが、当たり前にやることを共有できている雰囲気がある」。成熟した選手がそろう「横綱」の東京ガスを相手に0-4のビハインドから1イニング3本塁打で逆転したENEOS。優勝インタビューで大久保監督は「ミラクルを起こしてくれた」と言いましたが、それは偶然の産物ではなく、どんな状況でも「当たり前のように」持っている力を発揮できるチームだったからこそ「ミラクル」は起きました。

大久保秀昭(おおくぼ・ひであき)

 1969年生まれ。慶応大から日本石油に入社し、捕手として都市対抗野球大会優勝に貢献。96年アトランタ・オリンピックでは日本代表として銀メダルを獲得。翌年から5年間、プロ野球の近鉄でプレー。2006年に新日本石油ENEOSの監督に就任し、都市対抗は1213年の連覇を含む3度の優勝。15年から慶応大を指揮し、東京六大学で3度リーグ優勝。1912月にENEOSの監督に復帰し、22年の都市対抗では監督として4度目の頂点に導いた。

【毎日新聞社野球委員会 安田光高】